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その自転車運転、大丈夫ですか? -高齢者の自転車転倒事故を防ぐ-
その自転車運転、大丈夫ですか? -高齢者の自転車転倒事故を防ぐ-
最近あやせ駅前整形外科・内科では、自転車による転倒事故や交通事故で来院される患者さんが増えています。
中でも気になるのは、高齢者の自転車転倒によるケガや事故です。
高齢者の自転車転倒や事故によるケガは、骨が弱くなりやすいことから骨折を伴うことが多く、ケースによっては、骨折が複数個所に及ぶこともあります。
通勤の際、高齢者の方が自転車に乗っている姿はよく目にしますが、時々「あっ、危ないな…」と肝を冷やす場面に遭遇することもあります。
しかし自転車で転倒し当院に受診される高齢者のお話を聞いてみると、ほとんどの場合「運転には自信があったんだけどね…」とお話しされます。
さらによく耳にするのが「ゆっくりと自転車をこいでいるので大丈夫だと思っていたよ」というお話です。
実はこの「自信」と「ゆっくりとした運転」の2つには、隠れた危険が潜んでいるのです。今回はこの隠れた危険と自転車運転の関係についてお話ししていこうと思います。
【ゆっくりとした運転は逆に危険?】
言うまでもありませんが、自転車は前後に車輪を1輪ずつ持つ2輪車です。したがって構造上、スタンドなどの支えがない場合、静止状態においては自転車はバランスを保てず横転してしまうことは想像がつきます。
しかしこの2輪車は、ハンドルさえ固定してしまえば、勢いをつけて前に押してやると、人が乗っていなくても数メートルは横転せずに進むことができます。加速がつけばつくほどその距離は伸びていくでしょう。
つまり自転車本体にはバランスを保つ能力がなくても、加速さえつけられればある程度バランスを保って進むことができるのです。
例えばフラフープなどにも同じことが言えます。フラフープを勢いよく転がしてやると、バランスを崩さずに転がっていきます。しかし、速度が遅くなってくるとフラフープはフラフラとバランスを崩し倒れてしまいます。
これはまた逆のことも言えます。まずありえない話ですが、時速100kmで転がるフラフープがあったとしましょう。このフラフープに対して人が横から接触すると、おそらくケガをするのは人間です。しかし、ゆっくりと転がっているフラフープであれば、人が横から接触した場合、フラフープはいとも簡単に倒れることでしょう。
このように物体は加速すればするほど外力からの影響を受けにくくなり、バランス向上にも関係します。
これは自転車も同様です。ある程度のスピードで自転車をこいでいれば、路面や外力からの影響を受けにくくなりますが、ゆっくりと自転車をこいでいる場合、路面やその他の外力からの影響を受けやすいばかりか、2輪車としてのバランスそのものも低下してしまうわけです。
結局、ゆっくりとした運転の方が、バランスをより保とうと努力する必要があり、運転操作も不安定になりやすいのです。
【なぜゆっくりと自転車を運転してしまうのか?】
ではなぜゆっくりと自転車をこぐことが安全と認識してしまうのでしょうか?
これは認知力と判断力、そして操作能力に関係があるとされています。
自転車、自動車にかかわらず、運転は認知(見る・聞く)、判断(決める)、操作(行動する)の繰り返しだといわれています。
運転速度が速くなればなるほど、運転手の視野は狭くなり、より遠くに意識が集中してしまうといわれています。これは近くや周りに対する注意が低下しているということにもなり、交通事故の原因ともされています。
つまり運転の速度が速くなればなるほど、その瞬間に多くのことを求められることになり、それに応じた機能と能力が必要になるということです。
逆に言えば、認知力、判断力、そして操作能力の低下がゆっくり運転につながるとも言えます。
人は年齢を重ねると、様々な機能が低下していきます。視力、聴力、判断力、体力…、悲しいかな、これは避けて通れませんね。
したがって「自転車をゆっくりとこいでいるのが安全」と思い始めたら、運転能力の低下の表れだと考えてもいいかもしれません。
【なぜ運転に自信を持ってしまうのか?】
自転車運転に自信を持っている方のほとんどが「昔から乗っているから大丈夫」、「若いころ、普通に乗れていたからまだ乗れると思った」とお話しされます。
最近の高齢者による自動車運転事故の報道などをきっかけに、運転免許を返納する方が増えているとされています。そしてこれをきっかけに、移動手段を久々に自転車に変えたという方も少なくないようです。
昔から自転車を運転されている方にも、久々に運転をされた方にも共通することとして、「自分の運転イメージ」と「客観的な運転の様子」にズレがあるように感じられます。
街を歩いている時に、お店のガラスに映った自分の姿に驚いたことはありませんか?
「あれっ?すごく背すじが曲がっている」「自分ではないと思った」など、自分のイメージと実際の姿勢の違いに戸惑った方も多いかと思います。
一方、街中を歩いていて「あの人の自転車運転危ないなぁ」と思ったことはありませんか?
けど自分の自転車運転の姿ってなかなか見る機会はありませんよね?
一度、家族や親しい方同氏でスマホなどで動画で撮影してみるのもいいかもしれませんね。
もしそこで「ゆっくり」「フラフラ」な運転が確認できたら、以下のことを検討することをお勧めします。
【ゆっくりフラフラ運転に気づいたら】
体の機能や能力をすぐに改善することはなかなか難しいことです。しかし、自転車の構造である程度ふらつきなどを抑える方法もあります。
(1) 安定性を重視した自転車を選ぶ
①なるべく軽い自転車を選ぶ
フレームの数や素材などで軽さを選ぶことができます。自転車が重いと漕ぎ始めのバランスが悪くなりがちなので、総重量を選ぶ目安にするとよいでしょう。
平均的なママチャリの重量は18.5kgとされていますので、これを目安に決めるのもいいかと思います。
②自転車のハンドルが後方に曲がっているタイプを選ぶ
自転車のハンドルは、セミアップタイプの様にハンドルが後方に曲がっているタイプと、オールラウンダーハンドルの様に横方向に真っ直ぐなタイプの2つに分かれています。
後方に曲がっているハンドルのタイプは、リラックスした姿勢で運転できるために、疲れにくいという特長と操作が安定しやすいという特徴があるとされています。
逆に横方向にまっすぐなタイプでは体重が手に乗りやすいことから、疲れやすかったり、低速度では操作が安定しにくいとされているため、操作の安定性を求めるのであれば避けた方がいいかもしれません。
③低床フレームのものを選ぶ
低床フレームの自転車は一般的な自転車に比べてフレームが曲線的なものが多く見られます。これは脚をまたいで乗り降りする必要もなく、乗り降りの際にバランスを崩すリスクを抑える効果が期待できます。
④タイヤの小さな自転車を選ぶ
一般的な自転車の車輪の大きさは26~27インチとされています。このタイプは加速しやすいものの、重心が高いためこぎ出しが不安定になりやすいという側面を持ちます。
そのためこぎだしや停車する際の安定性を求めるのであれば20~22インチの自転車の方が重心が低く安定しやすいとされています。
ただ26~27インチタイヤに比べ、衝撃を受けやすかったり、こぎにくかったりというデメリットもあるようです。こぎ出しや停車時の不安定性がなければ、無理に小さくする必要もないかもしれません。
⑤日の暮れに備えLEDオートライトの自転車を選ぶ
秋や冬になると、気が付いたら日が暮れていることも多くあります。
特にこの時期は薄暮時間帯(日没の前後1時間)の交通事故も多く、自動車運転手から見えにくくなるリスクもあります
こんな時に活躍するのが自転車のライトです。
自転車のライトはこぐと重くなるダイナモライトと、こいでも重くならないLEDオートライトの2種類があります。
LEDオートライトは比較的高価ですが、こぐ際の抵抗感が少ない方が疲労しにくいほか、ライトの付け忘れ防止になるためおすすめです。
⑥荷物カゴを後ろにする
荷物を載せるカゴがハンドルの前についている場合、荷物を載せた時にハンドルの操作が不安定になってしまいます。荷物カゴを後ろにすることで、荷物を載せても操作への影響は少ないため、カゴにふたを付けたうえで荷物は後ろ、もしくはリュックに入れるようにしましょう。
(2) 安定性を求めて3輪自転車を選ばない
高齢のご家族がいる場合、見た目のイメージで3輪自転車を検討するケースもあるようです。3輪なので手を離しても倒れないため、そんなイメージがあるのかもしれません。
しかし、3輪自転車は後ろが2輪あることで左右への倒れこみに制限があるという特徴があり、これをスイング機構というバランスを取る仕組みで補うこととなります。
つまり、通常の自転車のバランス感覚とは別の操作が求められることとなり、逆に不安定になるリスクがあるといわれています。
3輪自転車はあくまでたくさんの荷物を運ぶための自転車です。身体のバランス機能や安定性を補うものではないということを覚えておきましょう。
(3) 交通機関をうまく利用する
自転車の機能を改善してもやはりふらついてしまう、ゆっくりとしか運転できない。
この場合は自転車の運転を控えた方がよいかもしれません。
確かに交通機関を利用したり、荷物を持ち運ばなくてはならず、バスや電車による時間の拘束、体力への不安など、自転車をあきらめるという選択肢はかなり抵抗もあるかと思います。
ただ一方で、自転車によるケガや事故により、交通機関を利用することすらできないほどに体力が低下し、自由な生活に大きな制限を受けてしまう方もおられます。
自転車のケガや事故により、外出すらままならなくなるよりは、しっかりと自分の意思で外出できる方がいいに決まっています。
自転車転倒によるケガや事故に遭う前に、自転車運転を卒業するという選択肢もまた前向きにとらえることも大切です。
自転車を卒業して交通機関を利用して来院される方からは、
「ゆっくりと周りの景色を見てみると、今まで気づかなかった景色が見えてきて楽しい」
「同じところしか自転車で行ってっていなかったけど、バスならいろんなところに行ける」
「行動範囲がむしろ広がった」
「歩くことで体力が回復した」
など、体力の改善や狭かった視野が広がったような感覚を教えてくださる方もおられます。
普段何気なく運転している自転車でも、自分の気付かないリスクが隠れている可能性もあります。
大切なのは客観的に自分の運転を評価することです。そしてそれを前向きにとらえ、少しでも自由な生活を送り続けようとする気持ちが大切です。
自転車事故は自分だけではなく相手にもケガをさせるリスクを含みます。それを十分に理解しながら責任ある運転を心がけましょう。